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◆Loveisソーダ [70年代の流行モン]

私は炭酸飲料が好きだ。


運動や遊びでのどが渇いたとき、水やジュースもいいのだが、やはりシュワシュワが恋しくなる。糖分も多く、コーラなんかは何が入っているかよくわからないので「ソーダはあんまり体に良くないで!」と止められたものだが、止められない。



コカ・コーラやファンタ、ジョージアといったコカ・コーラの大御所は健在だが、過去には華々しく登場し、惜しくも散っていった猛者達がいた。

私が愛した炭酸飲料の数々を思い出してみたい。

 

まずはコカ・コーラチルドレン達から。

 

No.1.メローイエロー

ポップなラベル、甘めの味付け。コカ・コーラの中では子ども受けする炭酸飲料だ。何味かって?それはわからないが知る必要もない。美味しければよいのだ。今の飲み物で例えると、Matchかな。

 

No.2.アンバサ

いわゆるホワイトソーダだ。ホワイトなソーダと言えば、飲料界の巨人、カルピスのカルピスソーダが今でも健在。もう一つ、愛のスコールでお馴染みの根強いファンを持つ領域にコカ・コーラが勝負を挑んだのである。

結果はやはり、惨敗。甘さとミルクの香りが若干物足りなかったのが敗因と私は分析している。

 

3.ファンタゴールデングレープ

ファンタと言えば、オレンジとグレープ。だが、その他様々なフレーバーが登場していた。アップル、メロン、レモンなど。

だが、一体何のフレーバーなんだ?というのがこれ。グレープと言いながらぶどう感は一切ない。見た目はジンジャーエールなんじゃねーの?というところだが、やみ付きになる味だったと思う。というか思い出せない。。。

 

ここからは非コカ・コーラ軍団。個性派ぞろいである。

No.4.プラッシー

私はあまり飲んだことがない。

というのも駄菓子屋やスーパーには売っていない炭酸飲料。どこに売っていたかって?何と米屋なんです。今、米屋自体もあまりないが、米屋にしか売っていない炭酸飲料なんて。誰が買っていたんだろうか。

 

5.ミリンダ

コカ・コーラと双璧をなすのはペプシ・コーラ。その系譜を継ぐ炭酸飲料である。コカ・コーラがファンタを従えるなら、ペプシ・コーラはミリンダ。のはずなのだが、ファンタには人気で遠く及ばない。そこがまた哀愁をそそる飲み物なのである。

 

最後は炭酸飲料ではないが、想い出の飲み物。

番外編.Java Tea

今でこそ、お茶や水は店でペットボトルや缶で販売されるが、

私が子どもの頃は一切販売されていなかった。

お茶、水、紅茶は家で淹れて飲むもの。買うなんてそんなもったいないこと誰がするん?という時代。その意識を改革したのがこのJava Teaだ。食事に合う紅茶として売り出し、大ヒット。健康ブームも相まって私もはまった。お茶や水を店頭に並べさせたのは他でもない、この飲み物だと思う。その貢献は絶大だ。


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◆レトロフレーバー [70年代の流行モン]

懐かしい匂い。子どもの頃を思い出す、なんとなくレトロなフレーバー。今回は昭和を回想させる匂いについて語りたい。



1.蚊取り線香の匂い
夏の匂いの定番だ。煙たさの中に気持ちを落ち着かせ、故郷を感じさせる自然の香り。色が緑色なので心なしか森林浴に近い効果もあるように思える。燃えて灰になった白い部分はなかなか粘り強く落ちない。いつ落ちるのかとじーっと見ているのもまた一興。

2.ベープマットの匂い
こちらは薬品が温められて匂い立つ。と言った感じ。うちは蚊取り線香派だったのだが、いとこの家はベープ派だったので、この匂いを嗅ぐと、いとこと遊んだことを思い出す。想い出の匂いだ。

3.鶏糞の匂い
敦賀も昔は田畑が多かった。
農業では肥やしが必要。様々な動物の糞を燃して肥やしにする。私が子どもの頃住んでいたところは養鶏場があり、鶏糞を燃やす匂いが夕方になると漂ってきた。いつも同じ時間に夕焼けが出て、鶏糞の匂いがしたら家に帰ろう!の合図。時計みたいなもんだった。

誰もがそれぞれ懐かしい匂い、想い出の匂いってあると思う。こんなんもあるよという方、コメントお願いします。


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◆昭和の定番デザート [70年代の流行モン]

今はコンビニで洋菓子店並みのデザートがところ狭しと並んでいる時代だが、私の子どもの頃、デザートは家でお母さんが作ってくれるものだった。


昭和の時代、手作りデザートのの3強は以下である。
すべてがハウス食品のものである。
1.プリンエル
2.ゼリエース
3.シャービック
1はプリン、2はゼリー、3はシャーベットである。

今はいずれもコンビニやスーパーで出来上がったものが手に入るが、昭和の時代では家庭で手作りしなければならなかった。

鍋でシロップを溶かし、溶かした液体を容器に入れて冷蔵庫で固める。いろいろな形(シャービックのトランプマークの形など)に固められるのがまた楽しかったが、鍋や型は洗わねばならず、冷やすために冷蔵庫の場所も占有するので整理する必要がある。

世のお母さん方も料理さながら、この面倒なデザートを作ることはめったになく、その意味でも、これらの手作りデザートはスナック菓子やチョコレートなどのお手軽なお菓子よりも貴重な存在であった。

食後にこれらのデザートがあることが知らされると、テンション最高!その時を待ち遠しく、ワクワクしたものである。
後は、型からうまく外してお皿に着地させられるかどうか。日々変わる温度や湿度により、特にプリンやゼリーが完璧に型からはずせるのは稀であった。大体は底の方が欠けてしまい、悔しがっていたものだ。

その後、この面倒なデザート作りから解放される時がやってきた。そのデザートとは「フルーチェ」。こちらもハウス食品のロングセラーだ。何と、お湯で溶かすことなく、冷たい牛乳と混ぜるだけでババロア風のプリンプリンしたデザートに仕上がる優れものだ。

手軽にデザートを作ることができると大人気。我が家でもさっそくデザートは「フルーチェ」に置き換わった。恐るべし、ハウス食品の技術力と戦略!

調べてみると、現在でも手作りデザートの3強はすべて販売されていた。懐かしい味をあなたも再現してみてはどうでしょうか。
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◆敦賀の難読地名 [70年代の流行モン]

敦賀の地名。子どもの頃は当たり前のように読んでいたが、大人になって漢字の意味を知ると、特殊な読み方の地名が多いことに気が付いた。


例えば、以下の地名。読めますか?
いきなりですが、敦賀の難読地名クイズー、パチパチ!
※正解は最後に掲載。

<難読レベル1>
敦賀人なら読めて当たり前、読めないとちょっと恥ずかしいかも。他の地域の方でも大体読めるレベルです。
 1.結城
 2.鉄輪
 3.白銀
え、もうわからないのがある?敦賀人なら知っておいた方がいいです(笑)

<難読レベル2>
では、ちょっと難しいこれはどう?住んでいた地域によっては敦賀人でもわからないかも。他の地域の方はほぼ読めないのではないでしょうか。
 4.小河
 5.長沢
 6.杉津
 7.田結
 8.越坂
知らなくても大丈夫ですが、これ答えられたら、敦賀人として少し自慢できるかも。

<難読レベル3>
では最後にこれ。これがわかれば敦賀人としては上出来。難問です。
 9.公文名
 10.莇生野
 11.獺河内

さぁ、みなさんどうでしたか?
敦賀の地名、なかなか凝っていて、奥が深いですね。そう言えば、「気比」も他の地域では読めない難読と思います。
さすが歴史ある我が街。
愛すべき故郷です。
※難読地名クイズの回答
 1.結城(ユウキ)
 2.鉄輪(カナワ)
 3.白銀(シロガネ)
 4.小河(オゴ)
 5.長沢(ナガソ)
 6.杉津(スイヅ)
 7.田結(タイ)
 8.越坂(オツサカ)
 9.公文名(クモミョウ)
 10.莇生野(アゾノ)
 11.獺河内(ウソゴウチ)


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◆レトロゲームの世界 [70年代の流行モン]

子どもの頃、ゲームにはまっていた。ファミコンはゲーム普及の立役者だが、それよりも前、任天堂のゲーム機を持っていた。

オレンジ色の筐体。名前はわからないが、画面右と左に分かれ、玉を打ち合うテニスのような形式。但し、コートにはボールを変化させる障害物があり、その種類により、バレーボールやサッカー、ホッケーなどと名前がついたプレーが15種類あったと記憶している。ソフトは内蔵されたもののみ。ゲーム機の名前がわからず、モヤモヤしている。わかる人いたらコメントを。
その後もゲーム機と名の付くものはすべて手を出していた。
ゲームウォッチ、スーファミ、ニンテンドー64、PCエンジン、セガサターン。。。
セガサターンは初期モデルの黒サターンを持っていた。サッカーゲームが好きだったのでVictoryGoal、パズルゲームのぱくぱくあにまる、一番はまったのは「サカつく」こと、Jリーグプロサッカーチームをつくろう!である。
このゲーム、チーム創設時は十中八九試合で負ける。チームを育てて世界までステップアップすることを実現できることが最大の快感なのだが、それをみじんも感じさせない極端なゲームバランス。結局、裏技を使わなければ進められない。
PCエンジンも侮れない。その頃F1が大人気。レースゲームにはまった。マイナーどころではセガのドリームキャストを持っていた。ゲームだけでなく、インターネットもできる優れもの。ただ、このゲーム機を持っているものは少なかった。
なぜ私が持っていたのかって?私はドリームキャストが欲しくてゲーム機を買ったのではない。やりたいソフト、そう「サカつく」がこのゲーム機で発売されることを知り、それでやむを得ず買った。まんまとセガの戦略に乗ってしまったようだ。
時代は変わり、ゲームは世界とつながった。世界を駆け回り、会話することができる。そのうち、ゲームと現実は境目がなくなり、人はゲームの世界で生活する時代が来るのかもしれない。


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